今日のはスルーでいいよ   

11日の15:40ごろ、母が亡くなりました。
日曜日に病院にお見舞い行った時は、歩けなかったけど会話はできてたのにね。
6時半にヤバイと病院から連絡あって、父と弟が駆けつけて持ち直したけど、
お昼に再度悪化したというので、自分も仕事を他の人にお願いして行きました。
いつもは混まないところで事故渋滞したり、まだ着かないかと連絡あったり焦った。
本気で最期に間に合わないかと思ったけど、息があるうちに家族全員揃うことができました。
最後に到着した俺が声をかけると、届いたのかそのまま静かに息を引き取りました。
みんな来るまで頑張ってくれたみたいです。

母は癌で3年前に手術しました。病院は国立の立派なところ。
その時は凄い腕のいい先生で99%取り除けて、1%を薬による治療の予定でした。
だけど若い先生で信念が強すぎて教授陣とけんかしていなくなり、治療は変更。
薬の種類で週に3日治療のために入院とかいろいろ大変になる。
その時に自分も仕事を辞めて、家のこと手伝うことにしました。あそこじゃ融通きかないので。
実は辞めたのは仕事が嫌なだけじゃなかったよ。

でも結局その年の暮れには再発。その後もほとんどの治療薬を試すも効果は得られず。
もう治療方法が無いとこまできました。認可されているのはほぼ使い切った状況です。
体調が悪化したときには病院死なれると困る(実績的に?)とか国からのおたっしだとか追い出されるしまつ。
紹介されたところは緩和ケアの病院で、最期をまつ病院。生きたい人にそこを紹介するなよと。
その時からいわゆる癌難民となりました。
テレビの取材受けたり、コミュニティとかに所属して頑張ったり・・・
そこで紹介された病院が良い先生と看護士さんだった。いろいろ相談や治療してもらえました。
でもGWで強めの薬を打ったけど副作用が酷かった。そこから体調が悪化してしまいました。
俺の結婚は見たいとか言ってたけど、無理は言わないで。
でも再就職して楽しそうに働いている姿を見せられただけでも良かったかな。

悔やまれるのは、病状が悪化するごとにわがままになったので冷たくしちゃったかなということ。
こんなに早いならもっと聞いてあげればよかった、それだけ。
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by gonza-gonza | 2011-05-12 16:04 | 生活・その他

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